今日は成人の日という事で祭日なので会社は休みである。
今年に入ってから、何だかんだとiPhoneで調子よく写真を撮影する事ができているから、今朝も先日に撮影したストリーロスナップ写真の整理をしたら、まだ10日も満たないのに撮影枚数が1000枚を突破するという快挙。もちろん、グダグダと写真を撮影してフォルダの中で死滅させるなんて、もったいない事はせず電子書籍で、何年後かに出版する予定ではある。
無茶な使い方をしていたMate20Proで撮り溜めた写真は2年半後くらいにシン・ストリーロスナップという事で8冊に別けて出版をしたから、今回のiPhone13ProMax EE35フィルムで撮影した作品も2,3年後くらいには作品集として出版できるかな?といった見通し。
それから明日の午前中は、厄介なお客さんのデータ確認があり、いつもの先週の振り返りからの今週の目標設定をする時間が取れないんじゃないかな?と思い、普段は自宅ではやらずに敢えて会社で行っている手帳整理を自宅でやってみた。
先週は正月で、ほぼ会社は休みだったわけだが、そのお陰かFitboxing2を多くプレイする事ができ、もしかしたら習慣化できるんじゃないかな?と思えるくらいプレイすることができたのだが、それでも運動しない日が2日連続であり、これはいただけないな。やるかやらないか、ではなくコンスタントに運動をする事が重要かと思われる。今週からは日常的な生活に戻る週でもあるから、きちんと運動をコンスタントに行えるかにチャレンジしてみよう。毎週のように気にしている整理整頓がやや弱い印象。部屋全体の中掃除はうまくできているが自室の机の上だったり身の回りが、やや煩雑。特に荷物と本が多く、出したらしまうという子供でもできることができなくなっているみたい。しっかりしよう。
先週は3日間、出社をしたが予定通りの行動ができ、細々したタスクも片付けることができ大きな仕事のイベントもトラブル無くこなすことができ、ついでに鎌倉の小旅行もする事ができたから言うことなしかな。創作面は弱かったけど、それでもMの手帖2022下巻を販売開始することができたし、新年の出だしとしては良くできたと自己評価をする事にした。
創作活動も焦ってやっても仕方がないし、去年掲げたように余裕をもって楽しんで創作するという事を守ってできている。出版しようと計画したスケジュールを無理矢理こなす事なく、悪い書き方をすると気分で作品を書き進めて笑いながら完成させる方向性。それでも先週の水曜日にテロ犯コメディ小説をかなり書き進めることができているから満足している。
今日は祭日で休みだが、今年の本番は明日から始まるものだと思って、毎週良い結果が出せるように行動をしていきたいね。
朝食なんかをとった後は、未現像のフィルム2本を現像した。パトレーネにはMBEと書いてあり、正式なフィルムの名称はわからないが、MBEなのだろう。
iso100のモノクロフィルムでかわうそ商店の訳あり品で安価で入手した代物である。もうね、需要と供給の関係と原材料高騰のせいでフィルムが恐ろしい値段に跳ね上がってしまい、定価ではとてもじゃないけど買おうと思えない金額になってきてしまった。なので、期限切れの訳あり品で去年あたりの金額(1本800円くらいが限界かな?)ラインをベースに購入をしていくつもり。現像も、ずっとKODAK D-71を愛用しているけど、現像液や定着液も高騰していて、去年ヨドバシカメラで確認をしたら、値段はほとんど変わらないが、量が半分以下になっているというケチった仕様になっていた。量変わらずで金額を倍以上にされるよりかはマシかもしれないな。
自宅にストックしてあるKODAK現像薬品一式の在庫はまだあるから直ちに影響があるという訳ではないが、次に現像薬品を購入しようとした時には店に置いてない可能性も無きにしもあらず。
あと何年、フィルムで遊ぶ事ができるか不安ではあるが、最終的にはLeica M3がメインカメラになっているがLeica M-Dがメインカメラになる日も、そう遠くはなさそうである。っていうか、いつまでフィルムとか言ってるんだろう?このオッサンといっところだろうな。令和の時代にブローにーフィルムを購入してしまうくらいだから、末期症状という事は間違いないだろう。
午後からは、ほんの少しだけ散歩。とはいえ、もうカキモリに行っても仕方がないしロルバーンのノートを購入した事により、一時的な文房具欲しいよ病は抑えられている。発作が起きたら、安い文房具を買えば、少しの間は正常でいられるという、文房具でも末期症状じゃないか!という救い用のないジャンキー状態。
文房具に欲が無くなり、散歩をするにしても今日も人が多いという事で、穴場のファーストフード店でテロ犯コメディ小説を執筆することにした。それと書いてないブログも書いた。
かなり書き進めて文字数は13万文字を越してしまったのだが、不思議とストーリーの進みが悪い。書いている位置をガンダムで例えるならば、爆発するア・バオ・アクーからアムロがカツ・レツ・キッカのテレパシー能力で出口に導かれているくらいのところ。まだ脱出できておらずララァを想うシーンまでは行ってないかな?まだ「めぐりあい」の曲は流れていないタイミングだね。
テロ犯コメディ小説は校正で時間がかかりそうだけど、コメディ部分に斑があり過ぎて、中盤は細かな書き回しに悩みながら書いていたせいか、中だるみじゃないけどコメディ要素が薄い部分が所々ありそうなんだよね。で、今書き進めているエンディングに近い、本来であれば緊迫したようなシーンでっコメディ要素を入れまくれているという、これは私の精神状態が文章に反映されているものではないだろうか?
今は、私の心は完全に晴れていて余裕がある状態。なので、校正をした時点であまりの文章の硬さに嫌気がさして、大幅に書き換えるポイントが多数出てくるだろうと予測。それを踏まえて、今月中にはリリースをして次の作品(まだ決定はしていないが、ゲームブックか短編集を考えるか変態シリーズ最終章を書くか・・・)に着手したいかな。いつまでも1作品をダラダラ書いていたくはないのである。時間の問題ではなくて精神的な問題だね。こだわりを入れた作品作りをするけど、時間をかければいいというモノでもなく、ベストを尽くした文章を書いていきたいな。
こおれは余談なのだが、もう絶対に書かないぞ!と言い切った「変態シリーズ」の完結編(そんなの予定に全く無かった)を書こうかと思っているのは、現在の私の状況は、去年の12月から心が晴れ渡り、本来であればブチ切れて暴れるところを、心に余裕を持ちすぎて余裕をかますくらいの霧が一切纏っていない状態で、会社の性根の腐った女が私の対面のクズ社員と、セックスしそうなくらいイチャイチャしていても全く気にならなくなったくらい、心が晴れていて非常に心が清々しいのである。
変態モノの小説は、これまでに3冊執筆していて「M:rder」「めいわくをかけない変態」「めいわくをかける大変態」があり、これらの小説を書いている最中から書き終えた直後のずっと後まで精神的に不安定になった事を覚えていて、変態の文章は頭にすぐに浮かびスラスラと文字入力ができ、どちらかというと得意分野だったりするんだけど、あまりの変態ぶりに精神的に壊れたという印象しか残ってない。もともと壊れていたという事もあるが、精神ぶっ壊れが加速したような気もするし、もうね「変態小説」は書かないよ!と去年に断言したわけだけど、現在は非常に心が晴れ渡っている。
去年までは精神的に壊れていた状態で執筆をしたから、より精神が壊れたのだろうけど心が晴れ渡った状態で変態小説を書くとどうなるのだろうか?という自分自信に対しての挑戦みたいなものである。もしかしたら再び精神がぶっ壊れてしまうかもしれないが、試してみたいなというのが本音。
書くとしたら「めいわくシリーズ」の完結編くらいしかないかな?M:rderⅡも視野には入れているんだけど、これは18禁じゃなくて通常の小説にしようと計画をしている。前作のM:rderは20禁である。
精神がぶっ壊れるともれなく神経質に身の回りの掃除ができるという特典があるのだが、総合的に見るとマイナスだから精神も健常値がいいのだろうな。