2022年10月ブログ ブログ

2022年10月26日 岡本太郎展に行ってみた

投稿日:

今日もいつも通りの通勤日であり、車出勤をした。相変わらず車が混んでいて、信号待ちやら渋滞中に、ファミコン版女神転生Ⅱの戦闘曲のメロディアスな部分の練習をしながらの通勤となった。20年前くらいにもTAB譜化して練習をしていたんだけど、すっかり忘れていて、しかも20年前くらいにTAB譜化したA4用紙がまだ手元にあり、それを見ながら再び練習をしているというような感じ。なんかね、1弦の20フレットとか押さえなくていけなくて、なかなか厳しい状態だけど弾いていてとても楽しい。速弾きなのにアンプを通さずに、エレキギターの生音だけで練習していて、生音できちんと音が出せていればアンプを通した時に無敵じゃん!?という理屈で、最近は車の中で練習をしている時はアンプにつながずに、生音でキチンと音を鳴らすという確実にレベルアップできる手法でクンフーを積んでいる。

専門学生の頃にバーチャ2で友達のパイにボコられた時に聞かされる「あなたにはクンフーが足りないわぁ」というフレーズが今でも脳裏に響き渡り俺を苦しめているのだが、何事もクンフーを積まなければいけないのである。

やはりアコギを車の中に入れておいたのが良くて、アコギのミドルコード(7フレット前後あたり)の鬼弦高状態でも、バレーコードでしっかりと音が出せるようになった。最初は指が弦に押し返されていて、こりゃ無理ゲーだわと思っていたんだけど、慣れるとそうでもなくて3センチ浮いてる?そんなのカンケーねぇ!とあのリズムで言えるようになった。長年ギターを持っている人の台詞ではないが、エレキでダラダラやっていたツケが回ってきているといったところだろう。

そんな事よりも、今日は岡本太郎展のチケットの予約をしてあるのだ。なによりもそれが楽しみ。

とりあえず会社に到着して、手帳の整理から始まり約1時弱を、ほんらいやらなければいけない仕事に全力で割り当て、それから私用で車でおでかけ。昼前には私用は終わったが、とりあえず行きつけのコメダ珈琲店で、予約をした14時まで浅中杉太郎の校正作業を行った。

現在は、まだタイトルがつけられていない作品の校正を行っており、Fire HD10のWordを使って文章を書いており、全88ページのうち48ページまで校正を進めることができ、かなりの文章を書き直している状態である。なかなか良くできた作品だなぁと自画自賛しながらの校正作業で、これくらいの感覚で作っていかないと今後がもたないという、ある意味背水の陣的な戦略ではある。

そして、14時から東京都美術館へ移動して、予約をしているくらいだから人は少ないかなー?と思っていたのだが、その考えは甘く、やや人は多かったが、それでも空いている方なのだろうとも思った。3年前くらいにも東京都美術館へ訪れていて、その時はクリムト展を見に行ったのだがゴールデンウィイーク中に行ってしまい、大混雑をしていた記憶が植え付けられている。

今日もLeica M3にSummilux35mm 2ndとSBLOOのセットを持ち込んだが、約3年前のクリムト展の時にはLeica M3に七工匠のMマウントレンズ50mmF1.1を着けて行ったなぁ。あの時に比べると装備も良くなったけど、フィルム撮影枚数はここ3年で確実に減ったし、フィルムの値段も跳ね上がったなぁという印象。

スマホで事前に予約をしていたから、受付はスムーズに通ることができたのだが、私のような手帳マニアには、こういうイベントものはチケットが欲しいと思う。スマホのQRコードを読ませて通過をするのだが、正式なチケットがなく手帳に貼り付けて遊べないじゃないか!無駄に手帳を派手に仕上げてストレス解消をしているのに、電子なんかにしたら記憶にも残らないし翌日には忘れてそうという考え。

今回驚いたのが、一部の動画(恐らく他社との著作問題かと思われる)を除いて、作品に関しては全て撮影OKで、真上から撮影するとカメラ落下で作品壊す恐れがあるからNGというのはあったが、真っ正面から撮影するのはいいらしい。Leica M3を持ってきた甲斐があったぜぇ!と思ったのだが、結果としてM3で撮影したのは12ショットくらいだったかな?で、iPhone13ProMaxでEE135フィルムというアプリを使って撮影したのが60ショットくらい。GR3を持ち歩いていた時の事を考えると圧倒的に撮影枚数は少なく、GR3を持ち歩いていたら500ショットは余裕で越えていて、バッテリー切れるか切れないかの瀬戸際を楽しむみたいな感じになっていたと思われる。

そう考えるとGR3の故障は残念でならないが、落ち着いて1枚に対してじっくりと構図を練って撮影するのがLeicaの醍醐味であり、しかも、ここ最近は適当に写真を撮り過ぎて、写真に対してのこだわりというか作品目線も無くなっていたから、そういった意味ではリハビリになったのかもしれない。

詰め込んでいたフィルムはISO100のモノクロフィルム。いやー、カラーで撮りたいよぉという作品はiPhoneを使った。そう考えると今日持ってくるカメラはLeica M-Dが正解だったのかもしれないが、アナログで撮りたいという拘りは少しだけあった。

辺りは薄暗く、オレンジ色の証明で作品を際立たせているんだけど、基本的に光量が足りな過ぎで、ISo100でF1.4でもシャッター速度が1/5とか、もうね、手振れ確定じゃないっすか!みたいな。ただでさえF1.4ではピントが怪しく、しかもSummiluxの性質上、光はボヤける。そこで手振れが追加されたら、どんな写りをするのかというのは余裕で脳内再生され、そういった無理ゲーな場面ではiPhoneを使い、辺りが明るい部屋であればF1.8で1/15とかでイケそうだったから撮影してみた。

F1.4とF1.8のみでの撮影で、光源がやや強めという事で、今日撮影した作品の中には偶然ネ申がかったなんともいえない作品が撮影できているかもしれない。が、2.0を越える絞りでは撮影できていないから、ゴミを量産したなかに輝く作品が1枚あればいいかな。せめてiso400でもあれば。

岡本太郎に関しては、本を1冊持っていて、それ以外はあいみょん特集で岡本太郎の雑誌を読んだくらい。あとは「コンパイラ」のコミックを思い出すくらいしか印象がなくて、有名な太陽の塔くらいしか知らない知識で挑んでみた。

こういうのは知らないくらいの方が楽しめるのである。と、思っている。

無知な事もあり、意外だったのは、変な造形物ばかり作っているものだと思ったら、かなりまともな絵も描いていて、それが物凄く力強い作品で非常に美しいものが多く驚いた。この基礎というかベースがあっての、あの作品なのか!と思い、岡本太郎が作品を創作している動画も複数流れていて、情熱が半端ないというのが伝わった。

これを見て、自分の作品に対する情熱が全く無いに等しいという事に気付き、私も作品を創作する上で、今以上のぶれない強い情熱をもって取り組む必要があるだろうと気付かされた。これだけでも入場料を払った以上の価値はあったと思う。

まともな絵を描いていたのに、どうして段々と崩れてきたのだろう?と作品を見進めるうちに、宗教的な影響を受けたような説明が書かれていて、その前にも年代によって、当時の芸術手法の影響も受けていた様子。モザイク作品も作っていたし、幼稚園児が作ったような鯉のぼりもあり、全体を通すと作品に一遍性はないように受け止めた。それでもひとつひとつの作品の力強さは感じられ、後半につれて目の作品が多くなってきた様子。原爆の絵も描いていたらしく、岡本太郎の妻は原爆の絵が最高作品だと思うというような説明も書いてあり、ひとりの作家の作品を見ているとは思えない、まるで複数人の作品を見ているような感覚にも陥ったかな。

写真も撮影していたらしく、100枚近くの写真が流されていて、全ての作品(作品じゃないのかもしれないが)がモノクロ写真で、明らかに暗い場所で撮影したよね?という4枚くらいの写真に写る人が、ピンボケしていたりしていて、この辺りは大変共感できる部分だったな。それ以外の写真はピントや露出がドンピシャで、スナップの人の表情も素晴らしく写されていて、写真家としても十分に通用するんだなぁと関心した。私の撮影した写真と比べるのも畏れ多いが、私の作品がゴミに思えるくらい。

いや、ゴミなんだけどね。

どれを見ても(鯉のぼりとか除く)とても心動かされる作品が多く、浅中杉太郎はいいとしても、タモロックの曲を作りにあたり、もっと情熱的に取り組む必要があるという覚悟を決めることができた。

いい大人が、あんな(といったら怒られるだろうけど)作品を真面目に取り組んで完成まで、最後まで諦めない姿勢。そんな大人は格好いいなとも思った日であった。

-2022年10月ブログ, ブログ

Copyright© MAKOTOの動く城(仮) , 2022 All Rights Reserved Powered by STINGER.