今日は土曜日なので会社は休みであるが、これまたいつも通りのルーティンで無駄に朝5時起床からの早すぎる朝食の準備なんかをして、部屋の掃除を行った。
そして、いつも通りであれば、ここから先日のブログを書いたりして、午前中はダラダラと電子書籍を読んだり作曲案なんかを出したり、次の新曲作成に軽く着手したりして、午後からはDJ OUJIのギターパートかベースパートかは気分次第だからわからないけど、レコーディングをして完成に近づけるというようなパターンだとは思うのだが、今日は昼に実家へ帰ることになっているので、そんな余裕も無くお出かけ準備。
実家まで片道70kmもないくらいなので、本来であればロードバイクで帰るのがいいのだが、私の行動を読んでいる親は車で帰ってこいと先手を打たれてしまったので、今日は車で帰ることになっている。
急ぐ理由がないから、ゆったり運転で途中で渋滞するポイントも複数あるから、下道を通って片道は約2時間くらい。
世間一般的な常識人(マナー守らないでウィンカーも出さないで強引に割り込んできて平気で煽ってくるバカのことね)であれば1時間もあれば到着するであろう流れだが、私の場合は特に急ぐ理由もなしなので安全運転でゆっくりになるので倍は見ておかないといけない。
案の定、行きも帰りも丁度2時間くらいかかって往復したわけなのだが、車の中では相変わらずフィンガードラムとウクレレを持ち込んでいるので、フィンガードラム叩きっぱなしかウクレレ弾くか、独りカラオケで歌を歌いまくるか、みたいな。
がむしゃらに歌っていても仕方がないから、kindleの読み放題で読めるボーカル特訓本によると、どうやら遠くにいる人に声がとどくような感覚で声を出すといいらし。
で、その時に喉を使っていると喉が痛くなったりするのだが、それだと腹式呼吸になっていないから、喉を使わずに遠くにいる人に声が届くような感じで大声をだすといいと書いてあったので、なるへそ!とか思って、その通りに練習をしているのだが、最初は確かに喉が痛いというか喉を使っているのがわかり、喉を使わないように意識しつつ、遠くにいる人に大声で話しかけるように歌うと、腹から声が出ているような気がしなくもないが、高い声は出ないなぁとか思って特訓中。
少しでもタモロックのボーカルを格好よく歌いこなすことができれば、さらによくなるんだよね。
もうね、タモロックは1人で全パートをこなしているから、どれも全てが中途半端な感じがするし、どのパートも下手くそかよ!という印象で、全パート下手くそだから曲もあまりよく聞こえないという大惨事な状況。
でもね、10年後には更にパワーアップしている事だろうし、10年前と比べると音痴は変わらないが、レコーディングの質は確実に良くなっている。
それというのも、ここ10年でプラグインの性能がよくなったからという噂も無きにしも非ずだが、そこはなんとか自力部分をパワーアップしていきたいところだね。
今日、実家へ帰る理由は二か月前くらいに親にプレゼントした中古のiphone se3で使うsimが届いて、今月から開通されているはずなので、楽天から送られてきた封筒をそのまま未開封で実家へもっていった。
説明を見ながら設定なんかをしてみたが、あまりスマートフォンに慣れていない年配の人には絶対に無理だろうなぁとか思ってしまい、スマホ!とか騒いでいるのは小学生と中学生くらいではないだろうか?と思ってしまう。
高校生にもなれば、スマホなんてどうでもいいし情報収集と勉強のために使うとか、そういう用途になってくるのではないだろうか?と思っているが、恐らくそれは私の思考が間違えているかもしれないと薄々は感じている。
どちらにしてもスマホ慣れしていない年配の人は、怪しい広告にひっかかる理由もわかったし、詐欺メールやら詐欺電話にもひっかかりそうだなと思ってしまう。
それと似たようなアプリが多すぎて、どれを使っていいのかという判断がつかないのか、というのも新発見だったな。
メールにメッセージにラインやら電話帳からもメッセージが送れるし、電話をかける画面からもメッセージ送れるし。
あとは的確にピンポイントにボタンを押すというのが難しいらしいな。
適当にスワイプをして訳わからん画面に切り替わったり、意図しない他のページにジャンプしたりして、画面が変わった理由がわかっていればいいが、本人はそのボタンを押したつもりでいたりするし、そもそもスマホを使ってこなかった人は、スマホが無くても生活できるし、そもそも必要としないし、あれば便利だけど無くても困らないし。
で、一応親とはLineで登録はしておいたが、日常で親と連絡を取り合うものがないし、特に使う用途がねぇなぁとか思ってしまったな。
親も私同様なのかわからないが、人間嫌いな面があって、両親の兄弟なんかとも疎遠ではないだろうけど、昔から親戚やら親兄弟と会ったことがないくらい、人との付き合いがない。
なので、両親が他の人と連絡をとるという事もなさそうだし、両親は私の事はよくわからないだろうけど、私も両親の事をよくわからないという、世間一般的な常識人からすると非常に可哀想な家族なのである。
逆をいえば、親に依存していないし、親も子供に依存していないから、お互いに干渉する事がないのは非常に助かると思っていて、こんな世界がホントにあるのか?と思ってしまうのだが、以前に実話ドラマみたいなやつで、子供が結婚しているにも関わらず家に来て、勝手に部屋を掃除していくとか、料理を作っていくとか、逆に旦那が実家に帰ってばかりいて親にベッタリしているとか、そういう話しを見たことがあるのだが、あれはあくまでもテレビの中の話しであって現実の世界には、そんな変なヤツはいないのだろうと思いたいね。
育ててくれた親には感謝しきれないくらいの感謝の気持ちがあるから、お中元を送ったり、実家へ帰る度に手土産を持っていったり、スマホが欲しいと言ったら買ってあげるくらいの事はするけど、親子でお互いに生活に干渉されるのは嫌という、そういうところ親子だよねと再認識させらる事は多いかな。
夕方には嫁さんのご飯とか作るわけなので、そこまで長居をせずに退散。
実家の近くの友達に会おうかなぁ?なんて少しは思ったけど、自宅のタスクをこなせなくなるので、また今度でいいか、とあまり面白くない行動を選択してしまった。
なにせ片道で約2時間かかるので、前々回くらいに実家に帰った時に友達と遊んでしまうと23時くらいまで遊ぶことになってしまうので、自宅に到着する頃には日付が変わって1時とかになってしまうのである。
あの時は、まだ「盗みはつらいよ」を猛烈に執筆している最中の時期で、夜中の1時に自宅に到着してビールを飲みながら夜中に執筆をした事をよく覚えていて、あれはあれで楽しかったな。
正月のタイミングで正月中は朝から晩までずっと執筆していたのだが、あの情熱を浅中杉太郎につぎ込むことができていれば、恐らくは5部作全て完成しているんじゃないかな?
なにせ5部作中、まだ3作目の途中で頓挫していて、シナリオボードを書いたにも関わらず、途中で思いついてしまった新しいパート部分が、やや面倒だなぁと思い、きちんとした設定ができていないのが足かせになっているのか、どうも執筆する気力がおきない。
このブログですら、面倒だなぁと思ってしまう時があり、このブログも終わりが見えているので、あと半年間がんばって書けば、来年から毎日執筆して時間をとられる事もなく、空いた時間を他の創作活動に回せば、もっと自分が表現したい芸術作品を多く世に残すことができるだろうという思考なのだが、それはほとんどがゴミであり、ゴミを量産しているだけな気がしなくもないが、基本的には電子モノが多いから資源ごみとかにならず、どこぞかのサーバーの容量を無駄に消費しているだけではあるが、それでも電気を使っていたりするから、資源の無駄、ともいえるのかもしれない。
昔の芸術家の作品とかは電子ではなく、紙に書かざるを得なかったから、これはオリジナルだの贋作だの、オリジナルの作品はどこの美術館にあるだとか、そういう1点モノだったが今後の作品は、私が作成しているように電子データになっていくのであろうから、そういうアレの価値はどう変わっていくのか。
そもそも、その作品は本人が作ったのではなくてAIが生成したものを、そのまま使って、それが評価されたりして、これ本当は私が書いたものではないが、まぁいいか・・・とかなったりして、創作作品自体に価値が無くなってくるという可能性は非常に高い。
そうなると評価されるべきモノは金くらいであって、お金ではなくて18金とか21金とかの金ね。
現物のゴールドくらいしか価値がなくなってしまうのではないだろうか?という懸念もあるね。
既にあるのかもしれないけど、パリコレとかでモデルは素っ裸で、電子データが服のデータを出力して動いている人が服を着ているかのような事ができるようになる時代はくるんだろうね。
で、悪徳業者じゃないけど、来ている服のデータを可視化するアイテムとか出て、いわゆる昔でいう赤外線カメラで下着を透かせるみたいな、そんなの。
もしくは、逆アセンブラで解析したプログラムからモザイク処理のプログラムだけ無効化させて、ゲーム中に描かれているモザイクを除去するとか、そういうノリ。
うん、非常によろしくない例えだけど、いずれはそうなるのかもしれない。
そうなるとどうなるのか?というと、ヴィンテージジーンズとか、物理的な洋服が無くなってしまい、さらに価値のあるモノというのが世界から消えていき、やはり最後に残るはのゴールドという事になりかねないなぁ、と。
なんか、先の事を考えると本当につまらない世の中になるなぁという、何故かネガティブな気持ちにしかならないのも心が病んでいるからなのだろうな。